職質エンターテインメント

白昼、なぜか「職質」の話題に花が咲く。
特にきっかけとなるネタがあるわけでもなし、ただ思いつきで、
これまでの職質経歴の有無から始まる話題を持ち出した。
今思えば、何か予感めいたものが働いていたのかもしれない…。


あたし自身の話を言えば、職質はおろか、
中・高校生の時、いくら夜更けに街中をほっつき歩いても補導すらされなかった。
少々ファンキーな母親が、警察や機動隊とやりあう姿は
何度か目にしたことはあっても、
彼ら国家権力の矛先が直接あたしに向けられることは、まぁ、なかった。


奇しくもその夜、イベントは起きる。
有楽町で父と会った帰り道、車で家へと向かう途中、
目に飛びこんできた東京タワーに何気なく立ち寄った。
中にはすでに先客が2、3台。
1台が立ち去ると、また新たに1台来るといった具合で、
どの車も男女二人連ればかり。
他の車の甘い雰囲気を横目に、下から見上げる東京タワーをしばし堪能し、
そろそろ出るかとハンドルに手を伸ばしかけたその時、バックミラーにパトカーが映る。


…車内を漂う不穏な空気。
真後ろにパトカーが停車し、中から警官二人が現れる。

「すみませーん、一応ここ、もう閉鎖時間なんで、
あまり長くならないようにしてくださねー」
と、やわらかい口調で年上の警官が言ってくる。
「あ、はーい…すぐに出ます」
こちらもやんわり対応したが、
世間話をしながら彼らが明らかに車内の様子を伺っていることが見て取れる。
後部座席においてあるパーカッションを目ざとく見つけ、
「タイコとかやるんですか〜、いいですね〜。……免許証、見せてもらえますかね?」
と、年上の警官。
渋々と免許証を差し出すと、
「じゃ、“一応”車から降りてもらって、
トランクなんかも見せてもらっていいですかね?」
さっきよりもいくらか高圧的な物言い。


免許はまだしも、車の中って…。
「いえ、それは出来ません」と断ると、
「いや〜そこをなんとか、“協力”してもらえませんかねぇ〜」
と年上の警官がへりくだる。
「協力なら、しませんよ。“協力”ってことは、“強制”ではないんでしょ?
それなら、こちらにも断る権利があるってことだし」
特にたて突くつもりはなく、穏やかに言ったつもりだったが、
その途端、場の空気がさっと変わるのを感じた。
それまでのにこやかな笑みを脱ぎ捨て、眉間に皺を寄せる警官。
「いや、今は犯罪も多いんで、協力しないって言われて、
はいそうですかなんて言えないんですよ!」
と、今度はかなり高圧的な態度。
何を言っても、「犯罪が多いから協力しろ」の一点張りで、
会話にならず、全く埒が明かない。


‥しかしこれは、おもしろいことになってきた。
彼らの生態を知るいい機会かもしれない。
普段、人とコミュニケーションのはかれないあたしが、
珍しく能動的に警官との会話を試みる。
「……ではお聞かせください。
あなたたちのやろうとしていることは、法的な拘束性があるのですか?ないのですか?」
と、警官に目を見据えて言う。
「いや拘束性というより…」とはぐらかそうとする警官。
「わたしがしたのは簡単な質問です。あるのか、ないのか、どちらですか?」
「…ま、まぁ…拘束力は……ありません」
「ということは、こちらに断る権利が認められているということですか?」
「……認められています。しかし、協力してもらわないと…」
「では、一方で自ら拘束性のないと言ったことを、
もう一方で「協力しろ」と言いながら強制しようとする、それは矛盾していませんか?」
「………。」
「もし、法的な拘束力があることなら、わたしも従います。
しかし、そうした拘束力もなく、こちらに断る権利が許されている以上、
わたしはその権利を当然使わせてもらいます」
「…そんなに、隠したいものでもあるんですか!?普通は協力してくれますよ!
そんなに頑なに拒まれると、疑われますよ!!」
「犯罪に関わるようなものは一切ありません。やましいものがあるわけでもありません。
嫌だから、見せたくないのです。例えばあなた、
見ず知らずの他人に鞄の中を見せろと言われたら、はいわかりましたと従うのですか?
不快感を抱くでしょう?それと同じことです。
嫌だから見せたくないというのは、断るのに十分な理由になるはずです。
おまけに“普通”というのはどこからどこまでの範囲を指すのかわかりません。
そのような曖昧な言葉を持ち出されても、あまり説得力は感じられ…」
「じゃあ、もういいですよっ!帰って結構っ!!」
こちらの思いは一方通行、警官に別れの言葉を告げられてしまった。
もっと仲良くなりたかったのに残念、
やっぱりあたしはコミュニケーションがはかれないらしい‥。


警官になるような人は、どちらかといえば世の中をよくしたい、
人のためになりたい、といった正義感の強い人が多いのかもしれない。
だとすると、やっぱり正義とか正義感って、むずかしい。